野次馬たち

こちらの車は運転が荒い。そして基本的には交通弱者に対する思いやりがゼロである。たとえば,僕の住んでいるゲートの中には所々に横断歩道があり,それは信号も何も備わっていなくて,幅3mぐらいの小道をパッと渡るためのようなものなのだけれど,そこに人が差し掛かっていても車はいっさい減速しない。そのまま轢き殺して素通りしていくような勢いで突っ走っていく。

この車のマナーの悪さは徹底していて,車線はまるで無視するし,交差点でも二車線ぶんの車が堂々と同じ方向にグワーッと曲がり,その隙間をさらにバイクが縫っていくようなありさまになる。むかし教習所で交差点の真ん中にある中央線にちょっとタイヤが乗っただけで教官にバンッとブレーキを踏まれてガミガミと注意された人間からすると信じがたい光景だ。

こういう交通事情はインドはどこでもそうで,おそらく例外はないと思われる。そういう世界で生まれ育っている人たちだから通行人も心得ていて,基本的には車はそういうものだという前提で自分から立ち止まったり道を譲ったりする。

ただ,面白いことにこんな状況でも事故は思ったほど発生しないし,先に人が目の前を歩いていたら車のほうが減速して人が渡り終えられるように配慮する。車のほうもさすがに殺人者にはなりたくないんだろうから,ギリギリの一線は越えない。この国の交通事情は,早い者勝ちという暗黙のルールだけでなんとか成り立っているように見える。

 

はい,ここまでが話の枕です。以下,本題。

 

少し残業し,Big Bazaarに買い物に行く。この時,車やバイクやオートリキシャがクラクションをバンバン鳴らしながら走り回る道を渡る必要がある。道を渡る怖さは今までもさんざん書いてきたけれど,さすがに渡印して3ヶ月になるので完全に調教されてしまい,まったく気にせず渡れるようにレベルアップしてしまった。

で,そんなうるさい道を渡っていると,一台の車がまったく減速せずに僕より少し前を歩いていたインド人二人組の目の前を掠めていった。時速30kmぐらいだったけどこれはさすがに危ない。僕はいちおう注意しているのでまだ安全だったけれど,目の前の二人は一歩間違えてたら確実に轢かれていた。ああ,早い者勝ちが機能しないこともあるんだなと思っていたら,目の前の二人はカンカンに怒っていて,車に向かって怒鳴り散らしている。まあ,怒るわなそりゃ。そう思いながら中央分離帯まで僕はたどり着いた。ここはいちおう安全地帯なのだ。怒っている二人も悪態を付きながら立ち去りそうな素振りを見せた。

ところが,道の先が渋滞していたのでその危ない車はすぐに止まってしまった。それに気づいた二人組が車に向かって歩いて行く。喧嘩か!と思っていたら実際に喧嘩になった。最初は二人組が運転席に向かってワーワー怒鳴っているだけだったのだが,そのうち運転手のほうも頭にキタらしく,ドアを叩きつけるように閉めて外に出てきてその二人組と口論し始めた。何を喋ってるかさっぱり分からないけれど,たぶん,お前が悪い,いやお前のほうが悪い,みたいな口論をしているんだろう。

すると,である。野次馬たちがどんどん集まってきた(渋滞で止まっているとはいえ道のど真ん中なのに)。ざっと6〜7人ぐらいだったろうか。集まってくるだけならいいんだけれど,こいつらがどんどん口論に加わっていくのだ。なんでだよ,っていうかそもそもおまえら何も見てなかったろ(^_^;) と思いつつ,とっとと立ち去ることにした。こういうのは下手をすると暴動(二手に分かれての集団喧嘩)になりかねない。

 

赴任したばかりのころ「もしドライバーが追突のような事故に巻き込まれて相手と口論になっていたら,日本人はドアをロックして絶対に車の外に出るな」と重々注意された。これはつまり,そういう口論があると野次馬がどんどん集まってきて,みんなそれぞれ応援したいほうに付いて口論に加わり,そのうちに興奮して集団喧嘩に発展することがあるからだそうだ。要するにサッカーのフーリガン連中と同じだ。なんちゅー暇なやつらだと思うんだが,じっさい暇なんだろう。街を歩いていると,特に何をするでもなく街路樹や壁にもたれてボーっとしているオッサンが多い。こういう人たちにとっては,他人の口論に加わるのはちょっとしたスポーツなのかもしれない。

 

買い物をしている間,「ああ,これで帰る時に大喧嘩状態になってたら面白いけど怖いな」というようなことを呑気に考えていたけれど,いざ帰る段になってその道に向かったら,もう誰もいなかった。あいつらが自分から収まって解散するとは思えないので,想像するに警官が来て仲裁でもなんでもして無理やり散らしたんだろう。一件落着ということで水と牛乳を携えて悠々と家に帰った。ちなみにマンゴーはやっぱり売ってませんでした(←諦めが悪い)。