インドの病院(1)

さて,土曜日。起きて朝ごはんを食べたり洗濯をしたりといった感じでいつまでもグズグズしていたら微妙に12時を回ってしまったので,急いで身支度して,住んでるマンションから500m程度の場所にあるColumbia Asia Hospitalという病院に向かう。

ハイデラバードに出張中に,同じ職場でこの病院を利用したことのある人おふたりぐらいにメールで受診の要領を伺ってみた。すると,いろいろと怖いことをおっしゃる。

  • 朝一番に駆けつけたのに,気がついたらその日最後の受診者になっていた。
  • 明らかに風邪どころじゃないのに「風邪だ」とあっさり診断され,理由を訊いたら「私は医者だ。信用したまえ」の一点張りだった(けっきょく別の病院で診てもらったらバクテリア性なんとかかんとかみたいな病気だった)。
  • 薬の処方を別の人のものと間違われた。

そういうわけである程度覚悟して向かう。

 

上のリンクにあるとおりの佇まいの病院で,近くで見てもちょっとした大きさ。中に入ると清潔感のあるモダンな作りで,怖い話を事前に聞いていなければ,まさに大病院だと思ってすっかり安心しきっていたと思う。ただ,患者の数が尋常じゃなかった。日本にいるときもインフルエンザに罹って近所の比較的大きな病院に行ったことがなんどかあるけれど,患者も付き添い人も含めてそこまで大人数という感じではなく,物静かな雰囲気だったことをよく憶えている。それに比べると,こちらはJR駅の入り口か!っていうぐらい人が多くてガヤガヤと騒がしい。こんなに病人だらけなんだなぁと思う一方で,病気の方が避けて通りそうな精悍な兄ちゃんも意外にうろうろしてるので,何が何だか分からない。

受付に向かって並んでいると,例によって列なんてあってないようなもので,横からオッサンやオバサンがどんどん割り込んでくる。あっけにとられて見ていると,ヒンドゥー語(カンナダ語か?)混じりで「薬もっと欲しいんだけど」とか「タクシー呼んでくれないか」っぽいようなことばかり言ってて,それを受付の人が「それは薬局に相談してください」とか「ご親族に頼んでください」とか,そんなふうに返している(こちらもヒンドゥー語かカンナダ語混じりなので半分想像)。僕が辛抱強く待っていると,受付の人もさすがに申し訳ないと思ったのか,割り込んできたオッサンを待たせて対応してくれた。で,初診だからこれ埋めてねと言われて何やら書類を渡された。内容は「初めての診療ですか?」「現在の住所は?」みたいな通り一遍の内容で,ほいほいと埋めていくと,途中で「パスポート番号を」という欄があった。しまった,迂闊にもパスポートを持ってくるのを忘れた。最近すっかりこちらの生活に馴染んでしまって外出時にパスポートを常に持ち歩くのが面倒になってしまっていたのだ。仕方がないので書類を提出しつつ,おずおずと「実はパスポート忘れちゃって…」と伝えると「まぁ,いいわ。次回お願いね」とあっさりパス。また,デポジットとして1200ルピーを支払えと言われたので支払う。支払いが完了したら「カウンターAに言ってください」と言われた。1階のフロアが幾つかの区画に分かれていて,それぞれの場所に専用のカウンターがあるのだった。それがどういう考え方で区分けされているのかは不明だけど,特に病状を聞かれていないので,単に人数をバラけさせるだけの目的かもしれない。

 

カウンターAに言って「今日が初診でさっき受付でデポジットを支払ってかくかくしかじか」と説明したら,対応してくれた受付の若いお姉さんに「病状は?」と訊かれた。「風邪だと思う」と言うと「どんな具合?」と訊かれ,ちょっと考えてから「マイルドに熱があって,首の部分と頭が痛くて…」と説明したら,ちょっと悩んだあげく近くにいる青年職員を呼んで相談し始めた。そのお兄さんも病状を訊いてきたので同じことを伝えると,お姉さんが「Neurology(神経系)?」と青年に訊く。いやいやいやそりゃ飛躍しすぎでしょと焦ったけれど,さすがにその青年職員も「風邪だというならまず内科(Internal medicine)で診てもらうのがいい」と言ってくれてほっとした。その後「主治医の名前は?」「今日が初診です」「分かった,そこで待ってて」みたいな会話を経て,血圧と身長と体重を測ってもらってから待合席で待つ。血圧を測るために袖をまくりあげると,肘の部分にある赤いポチポチを見て「これは何?」「アトピーです」「あぁ(興味無し)」みたいなやり取りもあったな。この時点で午後2時半。ちなみに,上記の一連の会話の合間にも無関係なオッサンたちが平然と会話に割り込んで受付のお姉さんにあれこれ質問してくるので,けっこう時間を取られた。お姉さんも断ればいいのにそのつど会話に付き合うんだから困る。日本だったら間違いなく大喧嘩になってるだろう(僕はそういう時でも耐えるけど)。

待っていると,さっきとは別の青年職員がやってきて名前を確認してきた。手には予定表みたいな紙の束があって,それを見ながら「まだ先に二人控えているので,あと20分ぐらい待ってください」という。僕はこういう時は本を読むなり頭のなかでぐちゃぐちゃ妄想を膨らませるなりしていつまでも根気強く待てる性格なので,ひたすら待つ。けっきょく30分ぐらいしてその青年に呼ばれて先生のいる個室に入った。先生はメガネをかけたいかにもインテリといった雰囲気の人で,「どうしたかね?」「風邪っぽくて」「どこが問題かね?」「首と頭が以下略」みたいな会話をする。すると聴診器を出してきたのでシャツをまくりあげようとすると「いや,そのままでいいよ」といって普通に服の上から聴診器を当てた。それでいいんだろうか。あと,シャツの裾から胸の上の赤いポチポチが先生の目に入り「その湿疹は何かね」「アトp」「あぁ(興味無し)」って会話も発生。で,わずか5分ぐらいで「風邪だろうね。とりあえず解熱と鎮痛の薬をあげよう。あと,念のために採血もしておこう」というだけであっさり終わった。先生がパソコンに何やら打ち込んでいるところをチラ見すると,「Pain in left shoulder」とだけ書かれていた。頭も痛いっつーの。大丈夫かなこの先生と不安になったけれど,なんかオーラが出ていたので良いことにする。お礼を言って部屋から出ると,さて何をしていいか分からない。見渡すとさっきの青年職員が別の患者の対応をしていたので,それが終わるのを待ってから「次にどうすればいい?」と相談したら,カウンターAでなにやらいろいろ確認しながら「次は採血だけど,まず先に受診券を作ろう。こちらに来てくれ」といってわざわざ引率して案内してくれた。こういう親切心はとっても嬉しい。そのまま付いていくと,入り口のカウンターのところで今度は1650ルピー払って顔写真を撮られた。「採血が終わるころにはカードができているよ」と言われ,そのまま採血室に連れて行かれる。日本でもよく見かける採血道具(針とプラスチックのケースが一体になってて,針を腕に指してから試験管(?)をそのケースに挿入すると血がピューッと中に入ってくるアレ)があって,実直そうな青年が担当していた。袖をまくるとまたアトピー会話が発生して,そのまますぐに採血完了。考えてみれば最初の頃に出張に行ったときも,飛行場の入り口で警備員に「その腕の傷はなんだ?」と訊かれたことがあったなぁ…とぼんやり思い出した。事情を知らない人からすれば,麻薬を打った痕に見えるんだろうな。なお,血をピューッと取られている最中にカーテンの隙間から受付のお姉さんが「カードできたわよ」といって渡してくれた。

部屋から出たら青年職員が待っていてくれた。「次は薬だな。処方箋をもらいにいこう」と言ってまたカウンターAに連れて行ってくれる。そこで処方箋を印刷してもらって,「入り口の近くにPharmacyがあっただろう。あそこに持っていけば薬をくれる。これですべて終了だけど,採血検査の結果が月曜日に出るから,来れる時間を教えてくれ」というので「今日と同じ2時で」と予約し,ガッチリ握手してお別れ。彼のおかげで本当に助かった。

薬屋に行くと,例によって僕が処方箋を出して薬を見繕ってもらっている最中にも無関係なオッサンが割り込んで薬剤師を呼びつけてあれこれ要求していて,おかげで薬が出てくるまでずいぶん時間が掛かった。しかし僕はこういう時もあまり怒らないたちで,受付のお姉さんの年齢だとか,インドの病院でも医者と看護師の間の不倫みたいなオトナな世界はあるんだろうかとかモヤモヤ想像しながら辛抱強く待った。

 

全部終わったら4時半ぐらい。まだ明るいとはいえだいぶ日が傾いてきた。そのまま家に帰ってから今日の出来事をゆっくり振り返りつつ,薬とか領収書をカバンから出して眺めてみる。それがこれ:

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さっそく飲もうと思ってふと気がついた。日本の病院だと,問診票を書く時に「アレルギーがあれば申告してください」的な欄があったり先生に訊かれたりするんだけど,こちらでは一度もそういうことがなかった。僕はエビ・カニやキウイフルーツにアレルギーがあるので,そういう問診があれば必ずそれらを書くようにしているけれど,今回はそういう問診がなかったので書くのを忘れてしまった。これを飲んで万がいちアレルギーが起きたらどうしたものか。

数分悩んだあげく,薬の名前(T.DOLO 650)でググってみることにした。するとどうやらごく普通の解熱剤・鎮痛剤で,副作用も特に無いという情報が出てきた。これを信じることにして飲んでみる。

 

明日はどうなることか。どうなることかと言ってもこの記事を書いている時点ですでに昨日のことなわけですが。というわけで次回に続く。