ガスの点検が来なかった

我が家は米を炊く時に炊飯器を使わず、鍋を使って炊いている。僕も相棒も、結婚前の独身時代からずっとそうである。さらに言えば、電気ポットや湯沸かし器なども使わずそのつどコンロでお湯を沸かすようにしている。特にこだわりがあるわけでもないのだが、鍋に水を入れて強火にかければものの5分ぐらいでグラグラに沸くから、まあそれでいいやというだけである。

 

そういうわけで、火が使えないとけっこう困る。

 

火曜日、会社の休憩室からオリオンモール手前の濁ったヘドロ沼の淀みを見下ろしつつ自前のお弁当を食べていたら、電話が掛かってきた。出てみると、ヒンディー語ともカンナダ語ともなんとも分からない言葉でバーっとまくしたてられた。普通はこういうときは「間違い電話だ」と一言で突っぱねる。すると大抵は「そうか…」みたいなしゅんとした返事とともにプチっと切るのだが、今日の人物はやけに食い下がってきて、しかも強気である。必死に耳を澄ませても何を言っているか分からない。そんな中で「ガス、ガス」と連呼しているのだが、英語のGasだとは思わず、けっきょく何を言っているのかさっぱり分からない。切ってしまおうかと思ったが、何か重要なことを言っていたら後で僕が困るので、近くの席に座ってお弁当を食べながら談笑していた女の子たちに恥も外聞もなく縋りついた。「ごめん、この人何言ってるか全然分からない。ヘルプお願いします」

 

そこで一人目の女の子が電話に出たのだが、そばで見ていてもまったく会話になっていないのが分かる。ヒンディー語だかカンナダ語だかで喋っているのにまったく通じないらしく、途中から英語に切り替えていたが、それでも通じないようで、アメリカンな女の人がよくやる、思いっきり眉をしかめながら大げさな身振りで手のひらを上に向ける、あんな仕草をしていた。どうやら話が通じないらしい。

そこで二人目の女の子にバトンタッチになったのだが、その子は一人目の事態を目の当たりにしていたためか、落ち着いた物腰で何語かで話をし、「ガスの点検で、あなたの家に夕方に行くと言っている」と説明してくれた。「夕方って何時?」と尋ねると、また少し会話をしたあとで「5時だそうよ」と教えてくれた。事情は分かったので、ひとまずOKということにして女の子たちにお礼を言い、相棒に事情を説明して待機しておいてもらうことにした。なお、電話の相手は英語もカンナダ語もまったく駄目で、ヒンディー語しか通じなかったらしい。バンガロールにいながらどちらも駄目というのはかなり珍しい気がするが、案外カルナータカ州の外から電話しているオペレーターだったのかもしれない。

 

…で、8時過ぎぐらいに帰宅したら、けっきょくガスの点検は来なかったとのことで、相棒は大層立腹していた。点検に来るというからずっと米も炊かずに待っていたのに、けっきょくまるで来る気配がなかった、いったいどういうことだこれは、何がどうなっているんだ、ふざけるな、まったくなっとらん、たるんどる。

じゃあ晩ご飯まだなんだ?と訊いたら、「いや、途中でしびれを切らして作った」ということだった。結局作ったんかい。

 

という、ひさびさにインドっぽい話。